自己責任論で問題は解決するのか?
よくこういうことを言う人がいます。 「いやあ、俺も子供の頃、貧乏でさ」みたいに。この貧乏と、現代で起こっている貧困というのはちょっと質が違うそうです。
貧乏というのは、単に貧しい状態。ただ、近くに親がいたり、兄弟がいたり、親類がいたりして助け合ってなんとかしてる状態。例えば、醤油が足りないので醤油をもらいに行くとか、子供を預かってもらうとか、そういうことができる状態です。

しかしながら、現代の貧困というものはもっと大変です。例えば東京キャバクラでキャバ嬢として働くシングルマザー、子供を預かってくれる人もいない。保育園に預けていても熱を出したら迎えに行かないといけない。そうすると、フルタイムで働けない。昼間は非正規の時給の安いアルバイトのような仕事しかできないし、夜も時給の良い池袋、六本木、新橋、新宿、渋谷、歌舞伎町、上野など東京のキャバクラ店でしか働けない。でも頼る人もいない。これが現代における貧困です。まったく昔の貧乏とは質が違うということです。
よくこの貧困に入ってしまった人に対して、自己責任論を唱える人もいます。「それは本人が悪いんだろう」「努力不足だ」と。意味はわかるんですけれど、どうでしょう。「お前のせいだから、お前が頑張れ」と言ってその人が貧困から抜けられるんならいいんですけれど、そうはならないわけです。

そして、その困ってる人を助けられない私たちもまったく幸せではありません。私自身東京でキャバクラ店を創業した時、お金には相当乏しかったです。でも周りの人にたくさん助けていただきました。親にも助けていただきました。親類にも助けていただきました。自治体にも助けていただきました。だから今こうやって私はここで東京キャバクラ「ガーデン」を経営することができています。
なんとかもっと助けあって共に生きられる東京キャバクラ社会が創れないでしょうか?